一転集中、力を尽くせば、必ず道が開ける。第2回


 十九日、午前三時。最前線で戦闘が始まった。
今川軍が、織田方の砦へ総攻撃をかけたのだった。
 その報に接した信長は、跳ね起きた。
日ごろから愛唱している「敦盛(あつもり)」の一節を謡(うた)い、扇子を手に舞い始めた。

 人間五十年
 下天の内をくらぶれば
 夢幻のごとくなり
 一度生を得て
 滅せぬ者のあるべきか

「人の一生は、アッという間に過ぎていく。
 振り返れば、夢、幻のようなものだ。
 しかし、同じ人生ならば、可能性を求めて、前向きに生き抜きたい。
 死なない人間など、一人もいない。
 全力を尽くしたうえで倒れるならば本望だ」
と、自分に言い聞かせるように、二度、三度と繰り返した。
やがて、扇子を投げ捨て、
「具足(鎧兜などの武具)を持て」
「出陣だ。法螺貝(ほらがい)を吹かせよ」
と、矢継ぎ早に命令を発した。

城内は騒然となる。
午前四時。
あわてる家臣を置いて、信長は、駿馬(しゅんめ)にまたがって駆けだした。
すばやく付き従ったのは、五人だけだったという。
主君は、いったいどこへ向かったのか、誰も知らない。
皆、必死に後を追ってくる。

信長は、熱田(あつた・現在の愛知県名古屋市南部の地名)で軍勢をまとめた。
二千人近くになっていた。
国境近くの砦からは苦戦の情報が頻々(ひんぴん)と届く。
だが、義元の所在は、まだつかめない。

自分の動きを察知される前に、義元を討たなければ、万事休すなのだ。
あとは時間との戦いであった。
今川軍二万五千といっても、進軍する時には、細長く伸び切った状態になる。
しかも今、最前線の戦闘に一万人投入しているのだから、後方の本陣を守る部隊は、それほど多くないはずである。

今川の軍勢を、さらに分散させる計略を施しながら、
午前八時過ぎに熱田を発って鳴海(なるみ・現在の愛知県名古屋市緑区の地名)方面へ向かった。
昼近くになって、待ちに待った知らせが届いた。

信長が張り巡らした情報網が、ついに義元をキャッチしたのである。
「今川の本陣は、沓掛城(くつかけじょう・現在の愛知県豊明市にあった)から
大高城(現在の愛知県名古屋市緑区にあった)へ移動中であります」
「桶狭間で、ただいま休憩に入りました」
連戦連勝の義元は、上機嫌である。
悠々と酒を飲んで昼食休憩していた。
信長は、桶狭間の地形は知り尽くしている。

午後一時。
決死の信長軍二千が、義元の本陣に迫ろうとすると、一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに、激しい夕立が襲ってきた。
この雨が、信長に幸いした。
煙幕の役目を果たし、今川軍に発見されずに近づくことができたのであった。
「目指すは、義元一人。いざ、出撃!」
今川軍は大混乱に陥った。

義元は、最初、内輪ゲンカでも始まったと思ったらしい。
それほど、夢想もしない出来事であったのだ。
乱戦の中で、義元は討たれ、およそ二時間で勝敗が決した。
大将を失った今川軍は、総崩れとなって退却。
信長の名は、一躍、全国へとどろいたのである。

一点集中、力を尽くせば、必ず道が開けるのだ。

●-sentetsu---●

「施しは 生きる力の 元の知れ」

悩みを訴えてくると、ついつい解決策を求めているのだと考えて、
「それなら、こうしたらいいんじゃないか」
「そんなの、こうするしかないじゃないか」
と言ってしまいます。
しかし相手が求めているのは、解決策ではなく、まずは
「そうだね」
「そうなんだ、たいへんだったね。」
と言う受容、共感の言葉なのです。

テーマ : みんなに知ってもらいたい - ジャンル : 日記

TAG : 織田信長 今川義元

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